笑点 のバックアップ(No.6)

笑点とは、日本テレビ系列で毎週日曜日17:30~18:00に放送されるバラエティ番組。

番組の概要 Edit

収録は後楽園ホールで隔週土曜日の昼頃に行われ、1回の収録で2〜3週分収録する。
番組の前半は演芸コーナーで、司会者が会場の客席からゲストを紹介するのだが、ゲストは落語、漫才、漫談、コント、マジック、物真似など多彩。過去には演芸コーナーの時間帯に若手落語家による大喜利を行うこともあった。
番組の後半は『大喜利』コーナーである。落語家が公演の際に舞台上に上がる時の動きを踏襲した演出が導入され、笑点のオープニング曲を出囃子として、曲に合わせて上手からメンバーらが1人ずつ入場するという仕組みになっている。
現在では小遊三一之輔たい平木久扇好楽宮治山田の順に着席する。そうして、メンバーの顔見せのあとに司会者が拍手とともに登場する。
『大喜利』コーナーは司会者があるお題を出して、そのお題に見合った回答を出す際に、その回答が素晴らしいものであると判断された場合は座布団をもらうことができ、よくない回答を出すと座布団が没収される。
座布団が没収されるケースは以下の通りである。

  • 司会者をディスる
  • 司会乗っ取り宣言をする
  • お客さんをからかう
  • 問題の趣旨に合わない回答をする
  • 禁止されている事項(モノマネや歌)を回答する
  • 下ネタを言う
  • キザっぽい回答をする


    座布団が10枚貯まると「素晴らしい商品」がご褒美として与えられるが、殆どがネタ商品である(例:石清水→イワシを水につけただけ)。

現在の出演者(敬称略) Edit

司会
春風亭昇太
2016年に6代目司会者に就任。2006年から回答者として出演していた。司会者としては「問題児を抱えた先生」スタイルであり、問題中の配役を無視したり、出題の裏をかいた回答には容赦なくダメ出しする。
回答者
三遊亭小遊三
山梨県大月出身の田舎者。下ネタ担当だが、とにかくネタが危ない。ひどい場合は、その日の回答がほとんど下半身ネタに集中したことも。自分を「福山雅治に似てる」「アラン・ドロンに似てる」と発言し、司会者を呆れさせる。
春風亭一之輔
2023年2月5日放送分の大喜利から、2022年9月30日に亡くなった6代目三遊亭円楽の後釜として加入。元々若手大喜利回答者として出演していたこともあってか、初回から「目が笑っていない」「やや図々しい」(いずれもたい平談)と評されている。
林家たい平
元は若手大喜利に出演していたが、2004年秋から師匠こん平の代理として参加し、2006年から正式メンバーとして就任。三遊亭小遊三と両端でお互いの出身地を貶しあう秩父大月代理戦争ネタは爆笑もの。
林家木久扇(旧:初代林家木久蔵)
答えが単純すぎるなど与太郎キャラだが、稀に司会者を唸らせる回答を出し、「頭の配線が繋がった」と評される。自身のプロデュースする木久蔵ラーメンは「まずい」とメンバーからこき下ろされるが、これは「貶めたほうがかえってよく売れる」という作戦で、実際は上品な味わいの醤油ラーメンである。
三遊亭好楽(旧:林家九蔵)()
正統派の優等生タイプだが本業よりおしぼり配りなどフリーター仕事が多い事をネタにされる。他のメンバーのキャラが濃すぎてなかなか目立ちにくいため、近年は桂宮治と「チームマカロン」を結成している。
一時三遊亭小遊三のメンバー入りとともに番組を離れて落語家としての修行を積んでいたが、桂才賀の降板にともない復帰し、現在に至る。。
桂宮治
2022年1月、林家三平の後任としてメンバー入り。レギュラー出演していた若手大喜利からの昇格。たい平とよく似た明るく元気なやかましキャラで大喜利を回す。2022年2月6日の放送でお披露目された色紋付が若草色であったため、「回答者時代の桂歌丸師匠の色を受け継いだ!」と話題になった。
座布団運び
山田隆夫
1984年から体調不良で降板した松崎真の後任としてメンバー入り。元ずうとるびのカス歌手。座布団運び歴は歴代座布団運びの中で最長。
三遊亭愛楽
山田隆夫のアシスタント。若手大喜利にも回答者として出演経験あり。

過去の出演者(敬称略) Edit

司会
立川談志
前田武彦
三波伸介
五代目三遊亭圓楽()
笑点の黄金期といえばまず間違いなくこの人。通称「お耳の恋人」。1966年初回の放送から回答者として出演していたが、1977年に師匠・圓生に「落語の修行をもっと積みなさい」とアドバイスを受け、一時的に卒業。1982年に三波が急逝してからは復帰して司会を勤めた。本番中でも弟子の楽太郎や好楽にダメ出しすることがあったという。
2005年秋から体調不良で欠席し、2006年5月に笑点40周年の節目をもって番組を引退した。2009年死去。
桂歌丸()
1966年5月の初回から出演していたMr.笑点。六代目三遊亭円楽とのやり取りは爆笑!!回答者全員の座布団全部を一斉に没収する通称「歌丸ジェノサイド」はあまりにも有名。2018年7月2日逝去。
回答者
林家こん平
1966年初回放送からの古参メンバーで、大食いでチャーザー村出身の田舎者としてのキャラをウリにしていた。下品なネタが多いが、稀に高尚なネタを出す。2004年秋ごろから愛弟子のたい平に毒を盛られたことによる体調不良により欠席。2006年の笑点40周年記念SP後にたい平がレギュラーになってからも、スタッフ・メンバーの計らいで降板ではなく休演中ということになっており、リハビリに励んでいたが、2020年12月17日逝去。
四代目三遊亭小圓遊
六代目三遊亭圓窓
桂才賀(旧:古今亭朝次)
三笑亭夢之助
三遊亭圓窓の後任として1977年からメンバー入りした。毒舌キャラを売りにしていたが、「市販の風邪薬は効かない」と回答したことがスポンサーの龍角散に知られてしまい、龍角散が「夢之助さんを降板させないならうちはもうスポンサーを降りる」と『笑点』に苦情を申し立て、1979年に降板した。笑点メンバーの中では最短の出演歴である。
二代目林家三平
六代目三遊亭円楽(旧:三遊亭楽太郎)
1977年から師匠圓楽の後釜として回答者に就任。インテリキャラを売りにした回答をかまし、歌丸を「ハゲ」「ジジイ」と罵り、座布団を没収されるのはもはやお約束。歌丸勇退後は昇太に「司会を譲れ」と揺すって座布団を没収される。桂宮治のメンバー入り後、脳梗塞により倒れ、それによるリハビリと既往症の肺がん治療・療養のため2月13日放送より番組を休演しており、後述する若手大喜利メンバーや上方落語家など自身と親交の深い人物が代理出演として空席となった2枠に座り回答者を務めていた。2022年8月に高座入りしたものの、2週間後に肺炎により入院。同年9月30日に天国の高座へ旅立ち、復帰は叶わなかった。
座布団運び
桂文字助
毒蝮三太夫
小野千春
松崎真

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